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モリガン区 Ⅱ

Author: エチカ
last update publish date: 2026-03-31 21:09:58

 馬なんて王都の貴族か、国軍くらいしか乗らないものだからだ。

「逃げるか……」

 オルタナは非常時に備えていつも用意してある荷袋を持って、カウンターの後ろに設えてある子供一人が通れるほどの隠し扉を開けて潜り込む。

 その出口を知っているのは、祖母と自分だけだ。

 なのに、出た瞬間覆い被さる様な人影に、オルタナは動きを止めた。

「あ。出て来た」

「は?」

 四つん這いになって見上げたその先にあった影は、ローブを被った軍人の物だった。

 逆光になって顔はよく見えないが、モリガン兵ではない。

 見えなくても身形と佇まいから下級兵士ではない事くらい分かる。

「はい、確保ぉ」

 そう言ってオルタナは片腕を掴まれ、引き摺り上げられた。

「な、何っ……?」

 ヤバい。

 咄嗟に左手に持った荷袋をその場に落としていこうか、躊躇う間もなくもう片方の手で取り上げられた。

 その男はローブを被っているので顔はよく見えないが、ローブの下の制服は黒く、国王の右腕と称される“特務警護団”の物だ。

 彼らは国王軍の中でも王に指名された少数精鋭。

 王の為だけに動く王の私兵の様な部隊だ。

「お前が魔女ドーラの孫か。まだ子供のようだが……いくつだ?」

「……」

「発言を許す。答えろ」

「じゅ、十八……」

「……嘘はいけない」

「う、嘘ではありません」

 信じられないと言う顔をしているのだろうか。

 男は後に続く言葉が出ない様だった。

 店の正面から回り込んできた部下らしき男の声が聞こえて来る。

「団長! どちらにおいでですかっ?」

「ノエル! 裏口だ!」

「一人で勝手に行くなとあれほどっ……」

 慌てた様子で裏手に回って来た男は、少し怒っている様に見えた。

 長身で大柄なその男は、片腕を引き摺り上げられたオルタナを見て、「彼が?」と問う。

「あぁ。店の中には他に誰もいなかったんだろう?」

「まぁ、もぬけの殻です。ミレーが二階も一応見ていますが」

「ノエル、お前こいつ何歳に見える?」

「は……まぁ、十三、四くらいでしょうか。って言うか、そろそろ下してやったらどうです?」

「十八だそうだぞ」

「……え?」

 α集団である上位軍人には、発育の悪いΩが余程貧相に見えるらしい。  

 体格や体力に恵まれ、常人より遥かに強く健康な体を持って生まれるαらしい物言いだ。

 彼らのような王に近い場所で働けるαは特に優秀だ。

 オルタナはそんな桁外れな才覚の持ち主達を前に、憤る程の気概は持ち合わせていない。

 そして、自分が貧相である事も十分承知している。

 悲しくもなければ恥じる事もない。

 ただ、疎ましいと思う。

「その子供の様な僕に、何の御用でしょうか?」

 祖母にいつも言われていた。

 驚く暇があるなら、一つでも多く状況を把握しなさい――と。

 今、逃げると言う選択をした事は多分、悪手だった。

 特務警護団が“魔女ドーラの孫”を探してここまで来たのなら、祖母に関する事か、それとも――――。

「君には、第一級殺人罪の容疑がかかっている」

 ローブの男は何の気なしにそう言ってのけた。

「……は?」

 いや、いやいや。

 流石に予想の範疇を超えた返答に、オルタナは冷や汗が背筋を撫でるのを感じて、固唾を飲む。

「ノエル、拘束して連行しろ」

「はっ」

 婆ちゃん、婆ちゃん、婆ちゃん!

 オルタナにとっては殺人罪だとか、その言葉の意味よりも、祖母にもう二度と会えないかもしれない、と言う事が重く喉を締め付ける。

 北の時計塔に監禁されている大罪人“魔女ドーラ”は、オルタナにとってたった一人の家族だ。

 薬物兵器の研究に手を染めたと言う理由で、祖母が時計塔に監禁されて十年。

 いつか解放されると信じていた。

 ルアド・モリガン大佐が、父であるモリガン伯に掛け合ってくれると約束してくれたからだ。

 もう二度と会えないかもしれない。

 もし、この殺人罪が冤罪だと証明出来なければ、ここに戻って来ることも出来ない。

 現に祖母は事実無根でありながら、真実の証明が出来ない故に十年も囚われているのだ。

 殺人だって?

 しかも、第一級と言う事は複数の人間を殺した罪に問われているという事だ。

 嵌められた? 誰に? どうやって? 何の為に?

 答えのない疑問が脳内を駆け巡る間に後ろ手に縛られ、彼らが乗って来たであろう馬車に押し込められる。

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